笑顔の行方
今朝は年甲斐もなく童心のように心が躍っていた。
私の肝いりのプロジェクトである”氷獄作戦攻略”
二か月ほど前にH6−3までは攻略できていたものの、どうしてもH6−4がクリア出来ず、事実上、凍結状態とされていた。
だがしかし、先日、新たに採用とされたオペレーターと、このプロジェクト遂行の為に育成したオペレーターの育成が完了したと、昨夜、人材育成部の喜多村部長より報告があったのだ。
ようやく。ようやくこの日が来たのだ。
私はその報せをうけると直ぐに受話器をとった。
「私だが、例の件、明日、直接私が指揮を執る」
短く要件だけを伝える。それだけで十分である。連絡を受けた添島部長は、既に作成済みの編成リストからオペレーターをピックアップする。
完璧な陣容であった。凍結対策としてラップランドの採用は当然のことだが、万が一、凍結された場合でも迅速に解除できるようウィスパーレインも採用と二段構えの凍結対策が施されている。
メイン火力はロスモンティスとW。狙撃偏重の弊ロドスにおいても、この二人の範囲攻撃は群を抜いている。圧倒的な範囲をまるで絨毯爆撃のように殲滅するロスモンティスと重装甲も貫通する爆発力のW。いささか迫りくる的が不憫でならない気持ちになる。
この二人の火力を潜り抜け前線に辿り着いたとしても、シルバーアッシュとラップランドの遠距離攻撃が待ち受けている。
そして最大の難敵である、アイスブレイカーにはマドロックが待ち構えている。
S3によるスタンで集中砲火を浴びせ、スタンが溶けたときにはマドロックのハンマーが襲いかかる。
そして、フロストノヴァ。如何に強力な冷気であろうが、スルトの焰の前では児戯に過ぎない。ラグナロクの業火の前にフロストノヴァは消し炭になってしまうだろう。
全てはこの日の為にあったのだ。
私は静かにオペレーションルームへと向かう。秘書の飯島瑠璃子の目にはうっすらと光るものが溢れていた。
肩をポンと叩く。
「涙を流すには、まだ早いよ」
私の言葉に慌てて瞳にたまった涙を拭く。飯島もどれだけ私がこの日を待ち望んでいたのか知っていたのだろう。その涙に私は大きく心を揺さぶられていた。彼女の為にも勝利せねばならない。頬を叩き、気合いを入れ直す。
「直ぐに戻る。戻ってきたらコーヒーを用意しておいてくれ。ああ。忘れずにチョコレートもつけておいてくれよ」
そう言い残し、私は執務室をあとに、オペレーションルームに向かった。
オペレーションルームに入ると、いつもの面々が既に並んで待っていた。
攻略部の添島、湊と北濱。ガラス張りのモニタリングルームには人材育成部の喜多村の姿もあった。
「今日はやけにオーディエンスが多いな」
「ええ。それももう。元エースの出陣とあれば、これでも少ないくらいですよ」
「お前も生意気な口をきくようになったな」
悪戯っぽく北濱が私に軽口をいう。互いのこの攻略の意味が十分過ぎるほどに理解している者同士の会話。それは上司と部下という関係を超越し、エースだけが分かる領域のことであった。
「おい、北濱。そのくらいにしとけ」
添島部長が北濱をたしなめるが、その表情は言葉とは全く異なり、どこか愉しげですらあった。
「添島。そう、あまりカッカするな」
「すみません。私も久々に昂ぶってしまって。コストのカウントは任せておいて下さい。北濱はチャートの再確認。しっかりと頼んだぞ」
「りょーかーい」
北濱は気怠く応えながらも、慣れた手つきでチャートを確認していた。
「難所は、フロストノヴァが出てくる前のアイスブレイカーのところか。それと、やっぱりフロストノヴァか… ランダムの即退場の攻撃は防ぎようがないですからね」
北濱の問いに私は黙って頷く。それは百も承知だ。その運を超越するための過剰なまでの戦力。一発で攻略する。
私は深呼吸をして、静かに”行動開始”のボタンを押した。
ダンスは静かに始まり、当然の帰結を迎えた。
弊ロドスの勝利である。
オペレーションルームは歓喜に包まれていた。
フロストノヴァが倒れた瞬間、私は添島部長と抱き合っていた。いつもは強面の添島部長の目にも涙が零れていた。
北濱は、この光景を呆然とみていた。
元エースの実力をみくびっていたのかも知れない。私の指揮は完璧であった。その指揮に北濱は、ただただ脱帽していたのだろう。
「北濱! 何をボーッとしている。次はお前の番だぞ!」
私はそんな北濱に発破をかける。北濱は私の顔に向けて、親指を突き出して笑ってみせた。
なんと心地良いことだろう。
これだから、この仕事は辞められない。
立ち止まったらゲームオーバーとは良く言ったものだ。
諦めず。立ち止まらずに弊ロドスが準備してきたからこそ、今日の勝利があったのだ。
私は次の予定があるからと、興奮が醒めないオペレーションルームをあとにした。
オペレーションルームから廊下に出ると、すぐそこに心配そうな顔をした飯島秘書が立っていた。きっと心配でここまできてしまったのだろう。私は飯島秘書の唇が動くよりも先に尋ねた。
「コーヒーの準備は出来ているのかな?」
何かを訊きたそうにモジモジとしている彼女の仕草が愛おしく感じた。
「勿論、勝利のあとのコーヒーが一番のたのしみだからね」
パッっと飯島秘書の顔が笑顔になり、私も釣られて笑顔となった。